2017年10月02日

「谷田部海軍航空隊」谷田部飛行場の痕跡を探して

終戦まで存在した「谷田部海軍航空隊谷田部飛行場」の痕跡を探訪しました。

旧谷田部海軍航空隊は、旧谷田部町に広さ265ha(研究学園の半分強の面積)飛行場があり、終戦時には零戦104機、練習機57機、ほか11機の計172機があったと言われています。

同飛行場は、昭和13年に霞ケ浦海軍航空隊谷田部分遣隊とされたが、翌14年に谷田部海軍航空隊として独立しました。

終戦近くまで戦闘機の訓練を行っていたようですが、谷田部海軍航空隊に関する記録や資料は、終戦とともに処分され残っていないので詳しいことはあまりわかっていません。

光文社刊の「ああ、同期の桜 かえらざる青春の手記」は、谷田部海軍航空隊の出身者で特攻戦死した市島保夫氏の日記なので、一度読んでみたいと思います。


今月の研究学園郷土史サロンは「谷田部海軍航空隊の歴史を訪ねる」で、本日開催されました。

8時10分に研究学園駅前に集合。今日の参加者はわたくしも入れて22名でした。 寒くもなく暑くもない曇天の歴史探索日和です。

研究学園駅8時20分発のつくバスに乗り込み、約40分 つくば工科学校前で下車しました。(・・・この学校は始めて知った)

先ず「電鉄橋」という名前の橋を渡りました。、かつて戦前に土浦~水街道に電車を通すという話が合ったそうです。これに沿って谷田部地区で鉄道建設工事を谷田川を横断する前後の区間を着工したのみで、鉄道は未開通に終わりました。

この区間を道路にした際に谷田川に架けられ橋を、「電鉄橋」と名付けられました。




次に羽成観音堂 1592(文禄元)年、牛久城主・由良国繁が、この地方の戦乱で討死した人たちの霊を弔うため建立した7観音、8薬師の一つです。 地元では馬頭観音として近隣の人々の信仰を集めています。常陸西国三十三札所第21番札所。







観音堂の天井には雄大な龍や天女の美しい絵画が見られます。谷田部藩の藩医広瀬周度の16歳の時の絵だそうです。






そして谷田部海軍航空隊の飛行場があったところは現在の観音台、高野台、上横場など
桜が綺麗な農林研究団地の通り  この真っすぐな通りは滑走路の跡地なのでしょうか?



谷田部海軍航空隊当時からただ一つの現存する施設谷田部神社  実際の場所からは移されています。

こちらの神社に手を合わせ練習機に乗り込んだのでしょう。 




飛行場橋   常磐高速道にかかる橋は飛行場橋と名付けられました




「筑波学園病院」の場所が谷田部航空隊の本部があったところでした。筑波学園病院の入り口のところに谷田部海軍航空隊の記念碑が建っています。
当病院の理事長が建てた記念碑でした。



道の途中に立派な栗林を通り抜けました。イガ栗には大きな実がたくさん詰まっていました。 



今回の歩行数14000歩  

  


Posted by 古城 温 at 19:59Comments(0)研究学園の歴史

2017年09月07日

豊里のスリランカ寺院 讃仏陀楼迦寺をみる

研究学園グリーンネックレスのカルチャーの会が主催する「郷土史サロン」に参加してきました。

郷土史サロンは、研究学園を中心に郷土つくばの歴史と地理を見て歩こうという会です。

新しく研究学園に住まわれた方々の子供や孫は、ここつくば研究学園がふるさととなります。そのふるさとの歴史と地理をよく知ろう
ということが主旨なそうです。

郷土史サロンは、研究学園木遊会の歴史探索ウォーキングの会と共催して、毎月1回開催しています。

毎回20名前後のメンバーが参加し、つくばの歴史的な場所や地理的に名のあるところを、6キロから7キロの行程で半日かけて見て歩きます。案内役は、郷土史サロンメンバーで郷土史研究を趣味にしている山崎さんです。


さて、先日4日(月)に9月例会がありました。 例会のタイトルは、「上郷角内地区と手子生城址」を歩くです。

8時50分に研究学園駅前集合。 集まったのは20名のメンバーで、つくバス(吉沼シャトル)で目的地のバス停手子生(てごまる)まで約20分です。つくバスは、小さなバスなので郷土史サロンメンバーで満杯になりほぼ貸し切りです。

バス停手子生から、約3時間弱歩くことになります。 今回(毎回ですが)の資料は、案内役の山崎さんの手作りの地図と解説書で、A4紙7枚14頁に及びます。

子手生の集落を通り、地元の地蔵や、寺、社などを見て回ります。 こちらの地区には、江戸時代にかなり大きな「人足寄せ場」がありました。いまは当時の面影は跡形もなく個人の畑となっています。

人寄せ場は寛政2年に火つけ盗賊改方め長谷川平蔵の建議によって江戸石川島、筑波の当地、北海道の函館に設けられたと伝えられています。

当時、比較的軽い罪を犯した者を収容し、大工や建具、指物などの手職を身に付けさせたほかに学問も教えたと言われます。いまでいう職業訓練所のようなものでしょう。幕末には400人から500人が収容されていたようです。

ちょうどここらで小雨に降られ、写真は撮っていません。その奥には首斬場があり今でもその石塔が建っています。

有難く雨も上がり、帰り道に民家の奥に大きな仏像が鎮座している場所を通りました。 

みんな不思議がってみていると、オレンジ色の袈裟をまとった僧侶が出てこられ、内部を案内してくれることになりました。
ここに予定外のメニューが加わりました。

スリランカのお寺だそうです。 なぜこんなところにと・・・・つくばにこのような異文化の拠点があるなんて、つくばの市民も知っている人は少ないかもしれません。

スリ讃仏陀楼迦(スリサンブッダーローカー)寺という名のお寺です。 真っ白い大仏様が目に付きます。高さ8メートルの釈迦牟尼坐像といいます




入り口となる寺の門




正面の仏像




仏像の台座は象をかたどった噴水





本殿の模様




本殿の全室の壁画





住職(左側)の、トゥンヒティヤ―ウェー・ダンマ―ローカーさんと僧侶 ほかに2名の僧侶がいます  




鐘塔  鐘はまだ取り付いていません  まもなく本国から送ってもらうそうです




お堂の建物は、ただいま手作りの建設中です。 鉄骨は組まれまだ屋根は葺かれていません




案内図




  


Posted by 古城 温 at 16:57Comments(0)研究学園の歴史

2017年07月05日

研究学園郷土史サロンは小田城址と華の幹へ

研究学園グリーンネックレスの会のカルチャーの会は、研究学園『郷土史サロン』を主宰し、研究学園を中心に近隣地域の歴史や地理を勉強する会を開催しています。

毎月一回例会を催し、約6キロ程度を半日かけて訪ね歩きます。 なお、郷土史サロンは木遊会歴史散策の会と共同して会を催しています。

7月例会は、「小田城址歴史ひろば」と古民家「華の幹」を訪ねる会なので参加してみました。

朝9時に、研究学園駅に集合した参加者は29名です。 9時13分のTXに乗り、つくばセンターから9時30分のつくバス小田シャトルに乗り継ぎます。

つくバスは、小型バスなので29名の集団が乗ると即満員となりました。一般の乗客は3名でしたが、皆さんは途中で下車されほぼ貸し切り状態でした。

40分ほどで小田城址歴史ひろばの最寄り停留所小田中部につきます。徒歩5分ほどで歴史ひろば案内所に到着します。

案内所には、既につくば市文化財課の担当者飯塚さんが待ち受けていました。私たちの会のため特別に来ていただき説明をしてもらいます。

案内所には歴史の絵巻や城址からの出土品が展示してある展示室に教室が併設されています。

まず、教室で簡単な説明とVDで予備知識を得て、展示室を案内してもらいました。 小田城に関わった主が時代ごとに展示されてていて大変判り易くなっています。

次に、小田城跡を見学します。 小田城址は、土塁と堀が築城された当時の形で再現されています。思っていたよりは大きな城址でした。

説明役の飯塚さんの説明が丁寧で上手なので、参加した皆さんから大感謝でした。 文化財課さんありがとうございました。


次に、小田城址歴史ひろばから徒歩5分ほどのところにある古民家「華の幹」(はなのき)を訪ねました。

この古民家は、築100年を超える建物で、小田地区代々の有力者で庄屋でもあった青木家のお屋敷でした。 明治40年に建てられ当時からこの辺では珍しい瓦葺で、柱や梁そして床板などと障子やふすまなどを見ると立派な資材を使ったことが判ります。

大工は筑波山神社を手掛けた社寺棟梁が手掛けたといいます。この地区では名邸だったのでしょう。

玄関を入ると広々とした土間があり、畳の部屋が6部屋もあって10畳・8畳・10畳の続きの間が見ものです。

古民家を見学した後は、こちらで昼食をいただくことになりました。この日、華の幹は私たちのために特別に古民家を開放してくれて食事まで作ってくれました。

高齢者が多いため和食中心の特別献立とのことでした。 立派な古民家とおいしい食事を提供いただいた、華の幹代表の飯塚さんありがとうございました。

小田城址公園見学の様子



小田城址公園のお堀と土塁  おもっていたよりかなり大きさな城です



当日は台風の影響もあり蒸し暑さがあったが、時々雨少々も無難な屋外学習でした。



教室でのレクチャー風景 飯塚さんの説明が好評でした。 (参加した若い女性たちから説明員がイケメンだと大評判)



展示室での説明風景 


 



華の幹 古民家  表玄関上部は三段の木鼻(・・・専門的用語はこれでいいのかな?)で格式が高い邸を象徴しています。





華の幹で説明をしてくれた、美人のオーナーの飯塚さんです。



 

今回は、小屋裏も見せてくれました。・・・いわゆる二階に当たるところ。 女中部屋とお蚕さんの部屋なそうですが、いまは扉を開け放ち、屋根を支える木組みがよく見えます。 太い木の丸太を組み合わせた小屋組みの力強さと立派さには驚かされます。



畳式の奥の部屋は床の間があり書院造りです。その障子の組子の複雑な模様は芸術的でもあります。



昼食もいただき、帰りはつくバスの小田東部でのバス待ち風景。時刻表通りぴったりにバスは到着しました。帰りのバスも、ほぼ貸し切り状態でした。




少々蒸し暑かったが、楽しい郷土史サロンの会でした。


  


Posted by 古城 温 at 13:46Comments(0)研究学園の歴史

2017年04月21日

聞けば聞くほど面白い森林総合研究所

平成29年の科学技術週間が今週(4月17日)から始まりました。
つくば市にある研究機関が一斉に施設を一般に公開します。

研究学園で、郷土の歴史と地理を勉強している会の「研究学園郷土史サロン」は、今回この科学技術週間に便乗し森林総合研究所で今日21日に、今年度初めての例会を開きました。

会の開催は、冬場を除き月1回とし、研究学園木遊会の「歴史散策の会」と一緒に活動をしています。 今回は25名の参加がありました。

今日の天候は曇天でしたが風もなく寒くもなく暑くもなく、外歩きにはいい日よりです。

研究学園駅前に集合し、TXでつくばに下りつくばセンターからバスで森林総合研究所への行程です。

つくばセンターからは、農林研究団地の中心部の農林水産技術会議事務局前まで無料バスが出ていますが、バスがマイクロバスのため乗り切れない人もいました。

農林団地の中心部からは、農林団地内の循環バスに乗り換えて目的地「森林農林総合研究所」につきます。

国立研究開発法人森林研究・整備機構というのが正式名称で、森林総合研究所、森林整備センター、森林保険センターと三つの研究機関が組織されています。

同機構はこちらが、いわゆる本社機能的な本部となり、ほかに八王子、北海道、岩手、京都、熊本などにも研究施設をもち、その地にあった樹木の研究をしているとのことす。

こちらの森林総合研究所には、第1、第2樹木園があり、樹木の形態や性質の観察、各種の研究材料として利用するための重要な施設になっています。

また、森林、林業の理解を深める場となるよう、日常も一般に公開していますが、第1樹木園のみだそうです。

現在640種類の国内産、外国産の樹木が育てられています。

樹木園は大きな林なので、今の季節は若葉の時期で大変綺麗です。 夏は濃い緑に花や実がなり、秋は紅葉が見れて素敵だということでした。 四季のうちいつ観ても樹木が大変美しく感じる場所だそうです。

つくばセンター旧西武横の臨時バス乗り場には、赤いジャンパーの係員が案内してくれます。



森林総合研究所の構内案内図 とにかく広い



構内はゴミ一つない綺麗なところです。新緑がさわやかでした。



樹木園ではそれぞれ7、8人のグループに別れ、グループごとに専門の職員がついて説明してくれました。 樹木園は森林総合センターの正門を入ってすぐのところにあります。



葉の形を手に取って樹木の違いや、同じような木でも見分け方など、また樹木の呼び方の由来など教えてくれます。 一番は樹木の使われ方などで、なぜこの樹木がこのような器具・道具に使われたのかなど職員の方から懇切丁寧に教えていただいた。



森の展示ルーム  木材の使われ方や、木の音、森の土壌に様子、木を食い荒らす害虫の標本など展示してあります。
















  


Posted by 古城 温 at 20:09Comments(0)研究学園の歴史

2016年12月07日

研究学園 郷土史サロンは旧桜村金田地区を巡る

初冬の12月2日 研究学園郷土史サロンのメンバー15名は、研究学園駅前に集合し、TXでつくば駅まで乗車し、バスを利用し金田東で降りました。元々12月1日に計画されていましたが雨のため順延され当日になりました。お陰で快晴、風も無く外歩きには最高の日和になりました。

今日の郷土史サロンは金田地区を巡る歴史と地理の勉強会です。

バス停を降りた前は、古い民家が立ち並ぶ集落になっています。中でも目をひきつけるのが沼尻俊一邸で、立派な門構えで門の中に入ると萱葺き屋根の母屋が風情のある姿を見せます。こちらの建物は江戸後期の建築で190年ほど経っているとのこと。平成17年に国の登録有形文化財として登録されました。


現在は、母屋は食事どころとしても有名なレストラン籐右エ門となっています。ほかに、蔵をパン工房にしたり、別棟では和装小物も扱っているようでした。
いづれも、郷土史サロン一行が訪れたときは、まだ開店前で、お店は開いていません。


沼尻保之助邸は、戦国期には小田氏の家臣で金田城主を勤めた沼尻又五郎の末裔の家を尋ねました。当家は近世初期には名主を務め、明治期には金田村の村長を務めてた家柄のようです。母屋は安政4年(1857年)に建てられたそうなので160年が経っています。


敷地内には享保年間(1716年~1736年)に建てられたという門です。


沼尻邸の庭には立派な樹木が生茂っていますが、そのなかに柚の大木も見られます。初冬の陽に実が黄金に輝いていました。参加者ももぎ取っていくつか頂くことが出来ました。


安養寺の門


金田八坂神社の島田石 形が大正時代の女性の曲げの島田に似ていることから名づけられた。附近から小型の石斧や石器が出土されたことから、島田石が子を生んだとして安産のお守りとしています。 


金田地区の栄小学校の道路側に石投げ地蔵があります。 鎌倉時代、執権の北条時頼が建てた物と伝えらています。
石投げ地蔵の由来は、「罪を犯した人や悪い心を持った人が、この地蔵の前を通ると、どこからともなく石が飛んできた」と評判になったことからと伝えられています。


金田地区に残る立派な長屋門


作蔵山東福寺は真言宗豊山派のお寺です。本尊は延命地蔵菩薩です。開基は慶長年間(1249年~1253年)とされます。
元は尼寺で、平将門の娘 尼蔵尼(にょうぞうに)が将門の33回忌に寺を建てたといわれています。


境内の山門の仁王像は、明治初年の廃仏希釈で筑波山護持院の大御堂が解体された際に桜川を筏につんで流し運んで納められたそうです。


山門右側の仁王蔵


山門左側の仁王蔵


本堂の柱は亀が支えています。 どのような謂れかはあったのか不明です。





  


Posted by 古城 温 at 20:26Comments(0)研究学園の歴史

2016年10月31日

研究学園 郷土史サロンは旧桜村妻木を巡る

研究学園の歴史の好き人たちの集まりにグリーンネックレス カルチャーの会があります。

H25年6月に「葛城まちづくり グリーンネックレス構想 歴史文化・地域資源系グループ」として、つくば市都市計画課の「地域まちづくりグループ活動」に登録されました。

研究学園・葛城地域の歴史文化資産を含む地域資源を発見し,学び,守り,伝え,創る活動を通して,コミュニティづくりを進めることを目的にしています。

それをきっかけに「郷土史サロン」をスタートさせ、「研究学園木遊会地理歴史探索ウォーキングの会」と一緒に研究学園とその周辺の地理と歴史を巡る会を月一回催しています。

その11月例会が、一日早く本日催されました。秋晴れの快適な朝、集合場所は研究学園駅です。駅前は市長選と市議選が近いせいでいつもより賑やかです。

参加者はTXでつくば駅まで行きそこからバスですが、つくばで更に2名が加わり、今日の会は計18名です。旧桜村の妻木地区を巡る歩くツアーです。

旧桜村の妻木地区は黒塗りの蔵が絵になる素晴らしい地域もありました。



旧桜村妻木地区までバスで行き、花園バス停で降車します。 そのバス停の近くには地元で有名な「みつお万寿」という黒砂糖饅頭店があります。つくばワイナリーの製品はこちらで販売されています。そこから少し歩けば妻木神社です。

鹿嶋神社、諏訪神社、天神社の三社が昭和45年に合祀され妻木神社になりました。参道は掃き清められ素朴な神社ながら奥ゆかしさを感じる社です。


妻木神社の由来が書かれた額


こちらには室町時代から続き、いまではつくば市の無形文化財に指定されている「妻木囃子」があります。今年の夏に研究学園駅前公園で催された筑波大学生の盆LIVEで披露されました。
 
さて、少し歩くと黒塀の見事な個人の邸宅が見えてきます。こちらは、ご本家と新宅が隣り合ってい広いお屋敷になっています。
植木の手入れが行き届き、巨大なけやきが目立ちます。丁度植木屋さんが手入れ中でした。今だ萱葺きの御宅が健在ですが、見ることはできません。
黒塀と黒塗りの蔵が風景に溶け込んでいます。スケッチブックなんぞ持参して絵を描きたい気持ちになります。


今でも萱葺き屋根は健在です。


門から見る風景は柿が実り真っ青な澄み切った空は穏かな秋の日を表わしています。


隣接の新宅です。こちらの通用門は下の門と呼ばれ土浦城(亀城)の門を移築したものです。土浦藩が財政難に陥ったとき援助したお礼に贈られたものといわれていますが、明治中期に譲り受けたという説もあります。


同家の長屋門です。


同家の母屋は建築後170年ほど経っているとのことでした。玄関や窓、屋根などは耐久性のある材で改装されていますが、主玄関は昔のままでした。


来客のための主玄関で昔のままです。



以下次回







  


Posted by 古城 温 at 22:05Comments(0)研究学園の歴史

2016年10月07日

研究学園「郷土史サロン」は天狗党の志士の墓に参る

研究学園郷土史サロンは、10月4日 研究学園駅前に8時50分に集合。

今回は、『面野井の歴史と地理を巡る』がテーマで、18名の歴史好きが参加しました。 山新グランステージの西側一体が面野井地区になり、研究学園駅前から約6キロを3時間掛けて巡る予定です。

まづは、面野井台をめざしTX高架下の道を歩いていきます。

県道19号線と新都市中央通りが突き当たった面野井台交差点の少し奥に愛宕神社と権現社があります。面野井台地区16戸の住民の社です。
お参りした後、面野井台の集落に入ります。

そちらを抜けて国道19号の山新グランステージの西側に新しい仏堂の不動尊が建っています。直ぐ近くには面野井八幡神社があります。
両方お参りして、中面野井に抜けます。

こちらには大きなお屋敷のK邸があります。こちらのお屋敷も由緒ある家柄なのですが、個人邸のため拝見は出来ません。

二年ほど前、ご主人に招きいれていただき、手入れされた庭園と江戸城に向いている門や北門など開いて見せていただきました。
そのときに御文庫も見せていただく約束をいただきましたが、その後ご主人がお亡くなりに拝見できませんでした。

K邸を離れ面野井城を遠く眺め、畑の道を暫く歩くと大木の枝垂桜に辿り着きます。

そこに水戸天狗党の若き志士、高谷篤三郎の墓があります。

個人邸の墓所であるが、特別にお参りさせていただいた。高谷篤三郎は水戸天狗党に入党し、党首格の藤田小四郎(父親は藩主徳川斎昭の側用人藤田東湖)の側近で小隊長格でした。

後ほど幕府軍に追われ敦賀の鰊倉に押し込まれ、藤田小四郎とともに処刑されたのでした。ほかの若い志士は放逐されましたが、篤三郎は許されなかったのです。若干21歳でした。

枝垂れさくらは、毎年この見事な花を咲かせますが、樹齢400年と伝えられ近年徐々にその盛りさを衰えさせているようです。それは研究学園の発展にエネルギーを放出したようにも受け取れます。


面野井台地区の遠景


愛宕神社附近で


建立されて間もない不動尊堂


TXの向こう側に見える面野井城址  ・・・・ちょと判り難いですね


篤三郎の墓のご本家 こちらも長屋門です


K家の正面玄関 江戸城に向けて作ったと聞きました


高谷篤三郎の墓所


篤三郎のお墓













  


Posted by 古城 温 at 18:22Comments(0)研究学園の歴史

2016年10月05日

研究学園の「郷土史サロン」は面野井の百年銘邸を訪ねる

研究学園の歴史と地理の探訪の会「研究学園郷土史サロン」は、つくば市内の百年銘家の永泉堂を見学することになりました。

10月4日(火曜日)は、研究学園郷土史サロンの定例会です。秋の入り口とはいえ朝から暑い日でした。 それでも歴史好きの18名の会員が集まりました。 

郷土史サロンは、ウォーキングを兼ねて古跡を訪ね地理も知るという、知識を高め健康をつくるフィールドサロンです。

今回は、面野井地区の歴史と地理を歩き巡る会です。メニューには百年銘邸の永泉堂を外側から見るというプランがありました。 残念ながら個人所有の建物なので非公開です。外側からしか見ることが出来ません。

そんな中、永泉堂の御宅を通りがかった際にご当家の奥様と偶然お会いし、会のことをご理解いただき今回、特別に建物の中を見せていただくことになりました。

こちらの建物は面野井でも目立たない場所にありますので人目に付くことは少ないと思われます。現在は、こちらの建物に居住をしていませんが、所有者(企業の経営者)がゲストハウスとして利用しているとのことでした。

江戸時代の建物で、築180年経過している歴史のある建物です。元々薬屋として商いをしていたためこの屋号が残ったとのことでした。

建物の正面は、長屋門で回りは綺麗に手入れされた笹に覆われています。石垣との調和が取れています。

長屋門から植え込みのある石畳を通り玄関に辿り着きます。玄関の土間には大きな沓石が設けられ、上がれば板張りの広間です。

奥に囲炉裏が切られています。
部屋は8畳の和室が5部屋コの字に繋がっています。中庭に面した廊下は畳敷きでした。

一番奥の和室は客間でしょうか、床の間が設えてあります。 仏壇や一部の扉は戦国時代のものだそうです。鴨居には槍や鉄砲などをかける装置が残されています。火事のときの火消し用具も残されています。、

部屋から見た敷地は広大で、桜の樹木が30本 欅の大木など目を楽しませ絶景です。

なお、当建物は未公開のため一般の方は見学は出来ません。

東側から見た建物


正面入り口 長屋門 石畳・石垣・笹との調和がすばらしい


門から玄関までのアプローチが見事です


ご当家の奥様が案内してくれました


中庭をみる


和室の一番奥の床の間 品格のある床の間です


広い廊下は畳敷きです
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Posted by 古城 温 at 15:15Comments(2)研究学園の歴史

2016年09月01日

研究学園の郷土史サロンは東平塚を訪ねる

研究学園郷土史サロン第10回目は、下平塚~西平塚を通り東平塚までを巡りました。

今日 9月1日は震災の日ですが、まだまだ残暑厳しい夏です。 それでも普段より若干少ない15名の方が参加しました。

8時50分に水戸信用金庫の駐車場に集合し、約3時間の歩行です。

世話役の山崎さんに作成していただいたA4に12ページ分の説明資料が今日の教科書です。

まず、下平塚の無量山西行寺般若院が最初です。ここには昔お寺がありましたが、今は集会所となっています。庭には五輪塔、石碑、仏像などの石造遺物があります。

そこからまもなく鹿嶋神社に参ります。天禄年間(970年ごろ)に創建され、元禄年間(1700年ごろ)に再建されたといいます。
元亀元年(1570年)小田氏冶と結城晴朝が平塚原の合戦の際に、小田軍はこの社の裏がわを陣屋とした。つくばハムの陣屋はそれに由来した屋号です。

そこから西平塚に入り大杉神社をお参りする。大杉神社の名の通り大きな杉が10本生えています。

西平塚から西大通りを横切り、東平塚に入ります。こちらの東平塚には県道が四方に通じていて商店や旅館などが、西平塚や東平塚の生活を賄っていたといわれますが、いまは何も見当たりません。

しばらくして集落の奥に天神社があり、こちらにお参りをすることにしました。今回のコースは下平塚を始とする三つの集落を巡る小さな歩く旅でした。

鹿島神社にて


下平塚の由緒あるお屋敷にお邪魔し豪華な庭を見せていただいた  見事なお庭で五月の連休の頃はつつじが真っ盛りとなります


豪壮な長屋門です  つくばには長屋門が数多く残されている地域です


西平塚にも長屋門は2つ存在します




西平塚~東平塚へ歩く


東平塚はお屋敷の街でした  邸宅は見られませんのでせめて塀だけでも




天神社の鳥居の前で


天神社の社に掲げてある絵馬です かなり劣化し一寸わかり難いのですね


帰りはお茶の木村園で一休みです。 この夏つくばで行列のできる店で超有名になったかき氷を、参加者全員で味わうことになりました。
歴史・地理の勉強もいいのですが、これが楽しみですね。


何十年ぶりで食べたかき氷です








  


Posted by 古城 温 at 19:08Comments(0)研究学園の歴史

2016年07月05日

研究学園の郷土史サロンは薬用植物資源研究センターへ

研究学園の住民の歴史好きが集まって、郷土の歴史と地区の施設を訪ね歩く
第9回郷土史サロンが本日催しされました。

昨日までものすごい真夏の蒸し暑さが、一転肌寒いくらいの涼しさに恵まれ夏には珍しい最適の散策日和となりました。

今日の郷土史サロンに18名が参加されました。研究学園駅前を9時のバスで出発し、バスの乗車時間は僅かですが山中学園台入り口で降りて、山中地区から柳橋地区を抜けて、メインの薬用植物資源研究センターに入り、みずほの村市場までのコースです。

山中地区の山中研修センターに足を止め、石仏が何体も祀られています。研修センターの軒には「大虚空蔵」とかかれた大きな額が掲げられています。虚空蔵菩薩が祀られお寺の役割をしていたのではないかと考えられます。

地区の立派な長屋門を眺めながめながら厳島神社に詣でた後、柳橋地区に入り、柳橋小学校の構内にある柳橋鹿島神社に詣でました。

鹿嶋神社の直ぐ隣には、由緒ある柳橋長左衛門宅があります。いまは昔の面影はありませんが、戦国時代の苅間城主の野中瀬入道鈍才と関係が深く、その頃からこの地に代々続いてきた家柄であります。

その直ぐ近くには、分家の柳橋伊左衛門宅が見られます。いずれも両家は葛城村誌人物編に詳しく記載されています。

今日のメインテーマは薬用植物資源研究センターの見学です。 当センターは、正式には「国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所薬用植物資源研究センター筑波研究部」と実に長い名前です。国立の小さな研究機関がいくつか合併したためにこの名前になったとのことでした。

当センターは、薬用植物の収集・保存を行うとともに、増殖・栽培・育種に必要な技術、科学的・生物学的評価に関する研究開発を行っています。そのなかに薬用植物の標本としている標本園があります。毎週火曜日に公開しているので見学が出来ます。郷土史サロンの会もこの公開日にあわせて見学させていただきました。

薬用植物と言っても、身近にある植物も沢山あるのはびっくりしました。このような研究所では、専門家の説明を聞けば聞くほど興味深く、勉強になることばかりでした。

薬用植物見本園で専門家の説明を聞く




懇切丁寧に説明してくれた担当の専門家


薬用植物資源研究センター入り口


山中地区を歩く


新井地区新井研修センターに並んだ石仏


柳橋地区の長屋門遠景  つくば市にはこのような長屋門が約200棟ほどあるそうです


山中地区の長屋門












  


Posted by 古城 温 at 21:07Comments(3)研究学園の歴史