2018年07月21日

いざ鎌倉へ 一条恵観山荘を観る

鎌倉市街の東側に、「一条恵観山荘」という国指定の重要文化財があります。公開されて日が浅いので、一般にはなじみの薄い旧跡です。

所在を知ったのは6月の初めでした。月に4日程度の公開で見学には予約が必要なため、予約をしたうえで7月の初めに見学をしてまいりました。

一条恵観山荘は、370年ほど前の京都の桂離宮や修学院離宮が建てられた時代に京都西賀茂に造られました。 その時代に華を開いた、宮廷の雅な建物が鎌倉で見られるということが何よりです。

一条恵観は江戸時代前期、後陽成天皇の第九皇子で、一条家の養子となり関白・摂政を2度務めた公家。

同時期の建物としては、桂離宮は恵観の叔父の八条宮智仁親王の造営、修学院離宮は恵観の兄の後水尾天皇による造営であり、いずれも江戸初期の朝廷文化を伝える施設で恵観山荘もその流れといえます。
 
その後、山荘は醍醐家に受け継がれていたが、昭和34年に鎌倉に移築されました。昭和62年に現在地に移転されたといいます。


その門の様子 玄関から





受付を通って中庭




山荘がこちら




 
山荘から庭園を見る   庭園が一面に苔が生え赤松林と調和します 雨上りが特に美しいと言われます






山荘に付随するお茶席時雨の障子窓





東屋から見る景色




庭園の路地




初夏の鎌倉の緑が大変素晴らしい、きっと紅葉の季節は更に素晴らしい庭園となるに違いない。11月末~12月初めに再訪問することにしました。説明してくれた方の声が独特なもので、あとで聞いたら能楽師の方でした。

終了

  


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2018年07月16日

いざ鎌倉へ 「古我邸」に行く

京都の桂離宮や修学院離宮と同時代にできた別荘が、鎌倉にあるというので見学に行ったついでに、鎌倉三大洋館の一つの「古我邸」も見てきました。

鎌倉三大洋館は、華頂宮邸、前田侯爵別邸、そして古我邸です。

古我邸は、大正の中ごろに三菱財閥の専務を務めていた荘清次郎氏が別邸として建てた邸宅で、関東大震災のあと戦災にもびくともしなかったこの建物に、総理大臣の濱口雄幸や近衛文麿が居を構えたといいます。 

後に古我家が手に入れて、日本初のカーレーサーの古我信生氏が居住していました。今はその遺族がフレンチレストランとして、知る人ぞ知る鎌倉で大人気のレストランだそうです。

7月の初めの平日ですが、ランチはほぼ満席でした。

ランチはコースで3800円からです。カフェも併設されていてコーヒーが300円で単品でもOKです。研究学園に300円のカフェなんてありませんから安いですよね。

鎌倉に行った際には、ぜひ立ち寄りたい場所です。

看板はありません 表札ほどの大きさで古我邸とプレートが付いています



鎌倉駅西口から住宅街を5分ほど歩けば豊かな緑に囲まれた敷地1500坪の大豪邸です



2階建ての黒色の洋館です




玄関ホール




レストランの一部  お客がいなくなった休憩時に撮らせてもらいました


こちらの女性マネージャが建物について説明してくれました。


終了
   


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2018年07月11日

ああ松島や松島や 瑞巌寺本堂の修理落慶

3日目は松島行です。仙台駅から仙石線で30分強で松島海岸駅に着きます。

松島は昭和の末に来て以来なので30年ぶりで、目的は瑞巌寺参拝です。

瑞巌寺は創建400年以来の大修理を行っておりましたが、10年に及んだ修理事業もようやく今年3月に完了し、6月24日に落慶法要を迎えます。

その日は、落慶法要の前々の日で、ちょうど落慶記念行事の一つで落慶前夜祭でした。

落慶前夜祭は「落慶を祝う事業のメインと捉え、より多くの人に祝ってほしい」と、寺周辺では武者行列が催され、航空自衛隊のブルーインパルスのデモ飛行が予定されていました。夜は花火大会だそうで、松島の街には大勢の客が集まってきていました。

そんなことで、瑞巌寺の参拝を終え早々と松島の街から引き上げ、次の目的地に行くことにしました。


瑞巌寺は臨済宗妙心寺派の寺院で、松島正龍山瑞巌寺といいます。仙台藩祖伊達政宗によって造営された伊達家の菩提寺です。

同寺のHPによると。用材を熊野に求め、紀州・京都の名工を招請し、慶長9年(1604)の縄張りから5年の歳月をかけ、慶長14年3月26日に落慶しました。政宗自ら紅白の梅と五葉松を前庭に手植えし、祝いの和歌を詠み、末永い寺の繁栄を願いました。

 政宗の死後、二代忠宗は父政宗の遺言を守り、名僧雲居希膺を瑞巌寺住職として迎え、中興開山として鑚仰しました。以来、江戸時代を通じて伊達家の厚い帰依を受け、奥州随一の禅寺として発展していきました。

瑞巌寺本堂  瑞巌寺のHPより




瑞巌寺の参道  境内の中で真正面の奥が総門で松島海岸です。




瑞巌寺中門   こちらの真正面が本堂です





本堂へは庫裏から入ります。ここから撮影は禁止





本堂をみる   本堂は書院造で、10室に画して中央奥に仏間を設けています。仏間の前に室中の間(孔雀間)、左に上段・上々段の間、右に控の間(羅漢間)・墨絵間を配しています。外観をみると簡素な建物にみえますが、お堂の内部には、彫刻、彩色、金具、襖絵や貼付絵には絢爛たる桃山建築の世界を見ることができ大変すばらしいお寺です。



本堂の正面  室中孔雀の間  特別公開中でよく見ることができました   


写真はネットから


五大堂  瑞巌寺の伽藍の一つ   国の重要文化財





五大堂から眺める松島湾





  


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2018年07月08日

藤原文化の中尊寺と毛越寺に

仙台に宿をとり東北の旅の2日目は、平泉を中心に藤原文化の跡を訪ねてみました。仙台から新幹線で約30分で一関に着き、そこからレンタカーで4つの寺巡りをしました。

先ずは毛越寺、もうつうじと読み、字だけではなかなか読めません。こちらの寺に伽藍はありません。大きな池とグランドのような芝生が広がっています。

その昔、壮大な寺が建ってたようで、今は跡しかなく、寺というよりも大きな庭園です。  典型的な平安時代の浄土庭園遺構だそうです。


毛越寺から2キロも行くと、有名な中尊寺です。 境内はかなり広く、一本のだんだら坂でその距離は1K以上あるとおもわれます。

その道の周りに大小のお堂が散らばって建っていて壮大な境内となっています。

境内の一番奥に金色堂が建っています。中尊寺の金色堂はあまりにも有名であるが、これだけ多くのお堂があるにもかかわらず、ほかのお堂の名はあまり聞きません。実は金色堂と経堂のほかのお堂は火災で燃えてしまい、近代になって建立したものばかりなのでした。

ポスターや旅行誌に見かける金色堂はこの参道の景色で、お堂を覆っている鉄筋コンクリート造の建物です。 建物の内部は撮影禁止。
中尊寺の正式名称は関山中尊寺で、天台宗のお寺です。 




金色堂の入り口から逆に参道を見てみました




金色堂は境内の一番奥にありますが、途中に中尊寺本堂がありますので、参拝は必要です。 本堂の山門




本堂の内部




ご本尊釈迦如来




金色堂の右手奥。中尊寺の北を守る役目として神社があります。ここには国の重要文化財の茅葺屋根の能舞台があります。
参拝者もここまでなかなか来ないのでひっそりしていました。




中尊寺の境内から見た平泉の街




毛越寺の山門   寺名は医王山毛越寺 天台宗のお寺




毛越寺の一部   ここに昔のままでお寺が現存していたら素晴らしいお寺だったとおもう




池のほかに芝生にしてある





次は黒石寺と正法寺



  


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2018年07月05日

伊達政宗公が眠る瑞鳳殿を参拝

先月某日仙台・平泉・松島へ小さな旅をしてまいりました。

初日は、仙台を巡る・・・・仙台駅前を起点に市内中心部のオススメ観光スポットを循環する観光バスです。一日乗車券があればどこからでも乗り降り自由でした。

仙台駅から15分ぐらいで瑞鳳殿に到着します。 瑞鳳殿は寛永13年(1616)に70歳で生涯を閉じた仙台藩祖伊達政宗公の遺命により、
その翌年ここ経ケ峯に造営された霊屋(おたまや)です。

瑞鳳殿は、本殿、拝殿、御供所、涅槃門からなり、 桃山文化の遺風を伝える豪華絢爛な廟建築として昭和6年(1931) 国宝に指定されましたが、昭和20年(1945)の戦災で惜しくも焼失しました。

現在の建物は規模、装飾ともに、焼失以前の瑞鳳殿を範とし、昭和54年(1979)に再建されたものです。 平成13年(2001)に、仙台開府四百年を記念して大改修工事が実施され、 柱には彫刻獅子頭を、屋根には竜頭瓦を復元し、創建当時の姿が甦りました。(ほとんど瑞鳳殿のHPより引用)

カメラ瑞鳳殿本殿



南西の角から見る 柱壁が黒漆で装飾が素晴らしい




軒周りの装飾




色彩華麗な彫刻




涅槃門付近の塀

  


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2018年05月29日

研究学園「郷土史サロン」は北条の歴史文化を訪ねる

研究学園の「郷土史サロン」に入会し、つくばの歴史や地理の勉強(ただ見るだけですが・・・・)しています。

毎月1回歴史好きが集まり、つくばのあちこちを訪ね歩いています。研究学園に引っ越してきた人たちが、ここで新しく暮らすことになったので、まづは、つくばをよく知ろうということです。

5月の例会は、「北条の歴史文化を訪ねる」ということで、つい先日行われたので参加してまいりました。

8時20分研究学園駅に集合。参加メンバー24名。TXでつくばまで行き、8時55分の北部シャトルバスに乗ります。約30分でつくば交流センターで下車し、歩いて10分で北条ふれあい館に着きました。


北条ふれあい館は、元田村呉服店だったところで、いまは北条の街の情報発信基地になっています。

北条まちづくり振興会の坂入会長に、北条の街の歴史や街の中を案内してもらいました。 3・11の震災やその後の竜巻によって、北条の歴史ある古い家屋や店が取り壊され、昔の面影は若干薄れたようです。


カメラ
北条ふれあい館の前で




ふれあい館は、北条の情報発信基地であり人々の交流の場にもなっています。




参加メンバーが二班に分かれ、「宮本家住宅」を見学しました。 江戸時代から醤油の醸造業をやっていた老舗の商家です。
江戸後期に建てられた土蔵造りの商家建築は重厚感があり、国の登録有形文化財になっています。




店に残されていた当時の貴重な品々を見せてもらいました。大正時代に松坂屋や資生堂などの名高い大店と一緒の日本に初めてアメリカから輸入したレジスターだそうです。当家の宮本当主から説明をしてもらいました。




次は、矢中御殿です。 つくば市出身の実業家矢中瀧次郎氏の豪壮な大邸宅です。歴史的建造物が大変少ないつくばにあって大変立派な建物です。良い材料をつかい、自然換気などの工夫がされていて豪華さだけではなく一度見ておきたい住宅の一つです。

先日、見学してこのブログに掲載しましたが、郷土サロンに参加して2回目の見学です。 矢中の杜の守り人中村さんから丁寧な説明を受けました。



扉や壁には南部邦春の見事な絵がふんだんに描かれています。特に迎賓棟は皇族を迎えるのにふさわしい迎賓空間として部屋を設えたそうで大変豪華な立派な部屋です。



板襖に描かれた南部邦春の牡丹の絵




矢中御殿の入り口側にあった小さなお店  




郷土史サロンは、お昼過ぎにこちらで解散  うどん屋がありましたが、もっと食事何処があったらなと・・・思いながらバスで帰ることにしました。



今日の12×575 明日から6月 衣替えですが、すでに衣替えをはとうに終えているって・・・・


写真はネットから   スロベニア・ブレッド湖  




 






  


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2018年05月27日

乃木将軍の邸を見に行く

研究学園駅から北千住で千代田線に乗り換え乃木坂まで1時間20分。駅を出てすぐの外苑東通りと乃木坂に面したところに乃木公園があります。 (乃木坂の通りも久しぶり・・・・・)

この公園は日清・日露戦争を戦った陸軍大将乃木希典の邸宅地でしたが、乃木将軍の遺言により、公園として東京市に寄贈され、大正2年に開設されました。

公園のなかに乃木将軍の邸があり、昨日と今日がその邸の公開日でした。 2日間の公開日が年に2~3回しか無いので公開日は大変貴重です。

現存する邸宅は、乃木大将がドイツ留学中に見たフランス連隊本部を参考にして、自らの設計により明治35 年(1902)に新築されたものです。

明治期の将官の邸宅は接客を目的とする豪華な建物が多かったのに比べ、乃木邸は大変質素に作られました。外観は黒塗りの板張りで飾り気がなく、内部の部屋も極めて簡素です。 明治期の和洋折衷建築としても貴重なもので東京都の指定文化財になっています。

カメラ
正面の門   外苑東通り沿いにあります




南側からの外観   外壁は板に黒系の塗装が施されている




南側からの外観を玄関側から   外側に見学用の回廊が作られていて、外側からはいつでも見れるようにはなっているが、内部には入れない。




内部の撮影はない禁止で、撮影は外側からあならOKでした   こちらは乃木将軍の居室でこの部屋で自刃したそうです




将軍の居室の奥が奥様の居室




馬小屋も現存です   明治22 年(1889)に建てられました。煉瓦造り、日本瓦葺きの平屋建てで、母屋より立派であったことから、「新坂の馬屋敷」と称されて評判になったといいます。煉瓦は英国から取り寄せるほどのこだわりぶりで、乃木将軍が馬を大切にしたのが判ります。




庭の一部  乃木公園の一部でもあります




大都会のど真ん中  庭からは目の前に高級マンションがそびえたっている






今日の12×575   パソコンに乃木坂と入れると乃木坂46がまず一番に出てくる、つづくのは乃木坂46関係ばかり    乃木将軍は遠くなりにけれ


写真はネットから   イタリア・ヴェルナッツァ   
  


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