2016年10月07日

研究学園「郷土史サロン」は天狗党の志士の墓に参る

研究学園郷土史サロンは、10月4日 研究学園駅前に8時50分に集合。

今回は、『面野井の歴史と地理を巡る』がテーマで、18名の歴史好きが参加しました。 山新グランステージの西側一体が面野井地区になり、研究学園駅前から約6キロを3時間掛けて巡る予定です。

まづは、面野井台をめざしTX高架下の道を歩いていきます。

県道19号線と新都市中央通りが突き当たった面野井台交差点の少し奥に愛宕神社と権現社があります。面野井台地区16戸の住民の社です。
お参りした後、面野井台の集落に入ります。

そちらを抜けて国道19号の山新グランステージの西側に新しい仏堂の不動尊が建っています。直ぐ近くには面野井八幡神社があります。
両方お参りして、中面野井に抜けます。

こちらには大きなお屋敷のK邸があります。こちらのお屋敷も由緒ある家柄なのですが、個人邸のため拝見は出来ません。

二年ほど前、ご主人に招きいれていただき、手入れされた庭園と江戸城に向いている門や北門など開いて見せていただきました。
そのときに御文庫も見せていただく約束をいただきましたが、その後ご主人がお亡くなりに拝見できませんでした。

K邸を離れ面野井城を遠く眺め、畑の道を暫く歩くと大木の枝垂桜に辿り着きます。

そこに水戸天狗党の若き志士、高谷篤三郎の墓があります。

個人邸の墓所であるが、特別にお参りさせていただいた。高谷篤三郎は水戸天狗党に入党し、党首格の藤田小四郎(父親は藩主徳川斎昭の側用人藤田東湖)の側近で小隊長格でした。

後ほど幕府軍に追われ敦賀の鰊倉に押し込まれ、藤田小四郎とともに処刑されたのでした。ほかの若い志士は放逐されましたが、篤三郎は許されなかったのです。若干21歳でした。

枝垂れさくらは、毎年この見事な花を咲かせますが、樹齢400年と伝えられ近年徐々にその盛りさを衰えさせているようです。それは研究学園の発展にエネルギーを放出したようにも受け取れます。


面野井台地区の遠景


愛宕神社附近で


建立されて間もない不動尊堂


TXの向こう側に見える面野井城址  ・・・・ちょと判り難いですね


篤三郎の墓のご本家 こちらも長屋門です


K家の正面玄関 江戸城に向けて作ったと聞きました


高谷篤三郎の墓所


篤三郎のお墓















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